岡谷会


生きることを好きになる子育ての法則
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(3)まず、「好きになる」ことを大切に

 今回は、わが家で飼っている犬が小さかったころの話をします。

【例】生後三カ月になり、予防接種も済んで散歩をはじめることになった。犬の飼い方のマニュアル本には「散歩のしつけは最初が肝心。飼い主より先に行こうとするときは、進む向きを変えたり、リード(散歩用のヒモ)を少しひっばったりして。ダメだ。と教えること」「犬の好きなようにどんどん行かせてはダメ」などと書いであった。
 はじめて外に出た子犬は興奮してまさに飛んだり跳ねたり。他の犬に出会うと吠えたり逃げたりと、よく動いていた。私はそのたびに「ダメ!」と叱った。子犬は次第に元気がなくなって動こうとしなくなり、結局、私は子犬を抱いて家に帰らねばならなかった。翌日、散歩に連れて行こうと子犬に近寄ると、子犬は怖がり、小屋の中に逃げ込み小さくなって震えていた。

 前日にいろいろと叱られた子犬は、散歩に行くことやリードをつけられることは「怖いこと」と学習してしまったのです。この後、子犬が散歩を好きになるまでにかなり長い時間がかかりました。私が失敗したのは、学ばせる順序でした。
 子犬は「散歩の持には飼い主より先にどんどん行かない」とか「よその犬にあってもむやみに吠えてはダメだ」などということを学ぶ前に、それらよりもずっと大切なことを十分に体験すべきだったのです。
 それは「散歩は楽しい!」「飼い主と出かけるのは楽しい!」ということ。子犬は、「リードをみて逃げ出す」という行動によって愚かな飼い主に間違いを気づかせてくれたのです。

「好き」になることの大切さ

 子犬の散歩での失敗は、育児にも重要な示唆をあたえてくれると思います。つまり「生きていく上で基本となる行為」については「まず好きになる」ことが一番大切だということ。「上手にできる」とか「正しくできる」のは、好きになってからでよいのです。私は子犬を「きちんと育てたい」と思うあまりに、もっとずっと大切なことを忘れてしまっていたのです。
 診察の場でも、育児において同じような「失敗」におちいっている親によく出会います。食事や入浴、歯磨きや着替えなど、生活のなかで大切な基本的行為について、子どもが「それをできて当たり前」であり、「好きになるかどうかはどうでもよい」と、親は焦りがちです。「人並みに、できれば人並み以上に」できるようになることを求めがちで、それを知らぬ間に「当然のこと」と思い込んでしまっているかのようです。
 しかし、たとえはじめのうちは上手にできなくても、「まず好きになること」もしくは「きらいにならないこと」を一番の目標にして、ゆっくり焦らず見守ってあげてはどうでしょうか。

食べるときは干渉を控えて

 次に、食事について考えてみます。食事は家族の楽しみの時間です。ところが幼い子どもは、しばしば注意の集中砲火を浴びてしまうことがあります。
 「お箸をちゃんともって」「左手はどこにあるの」「ちゃんと座って」「口の中にものがあるのにしゃべらない」「ゆっくり食べて」「こぼれるよ」「ほら、こぼした」「こぼすって言ったでしょ」「野菜も食べて」「魚も体に良いから」「まだ残ってるよ」「スープが冷めるよ」「ごちそうさまは」「食器を片付けて」・・。
 祖父母と同居している場合などは、さらにたくさんの目と口がすべて子どもにむけられ、動作の一つひとつが監視されます。楽しいはずの食事の時間は、子どもに緊張を強いる時間になるでしょう。
 診察の場では、偏食に対して心配している親にもよく出会います。「子どもが野菜を食べません」と悩まれる方は多いのです。私は、「子どもは野菜が嫌いで当たり前なんだ」と割り切ってしまえばいいと思います。
 たとえば、野菜が苦手な子は、いくら本人が意を決して食べようとしても口からはき出してしまうこともよくあります。これはわざとではないのです。いわば体がまだ受けつけないのです。子どもを信じ、生命体としての力を信じて、「体が本当に必要ならやがて食べ始めるだろう」と、大らかに待ってやりましょう。
 ちなみに我が家の子どもたちは、保育園では野菜を残さず食べていました。私たちは「少なくともお昼には野菜を食べているのだから、家では無理に食べさせなくてもいい」という方針に決めて、家では食事を楽しむことにしていました。そのため、親としても迷いや苛立ちがなく、とても楽でした。高校生や大学生になった彼らは今では野菜が好きです。
 「魚は頭に良い」「野菜を何グラム食べましょう」などということだけにとらわれるのではなく、余計な干渉をできるだけ控えて、子どもたちがまず「食べることを好きになる」「自分の食欲に自分で向き合う」という「より根源的な目標」を忘れないようにしたいものです。

育児は「まず好きになる」ことを重視

 少し極端な言い方かもしれませんが、「まず好きになる」ということを重視する育児は、「生きることを好きになる」ことにつながっていくと思います。そして「生きること」そのものが好きになれば、どんな困難に直面しても「死ぬよりはまし」という気持ちを持つことができると思います。それは「こんなことなら死んだ方がまし」という考え方の対極に位置するものです。「死ぬよりはまし」という考えを持つことができれば、いくら苦しい状況に追い込まれでも、その子どもは自殺という選択はとらないのではないでしょうか。
 「まず好きになること」という育児は、本人の命を守る大きな支えにつながっていくものだと、私は思っています。

佐保川診療所 所長 田中茂樹

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