岡谷会



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東日本大震災復興支援チャリティーコンサート

 郡山ブロックでは、郡山健康友の会・小泉診療所・片桐民主診療所共催で、被災者支援のために役に立ちたいとの思いから、ご賛同いただいた音楽家の方(オカリナ「キタロー」の皆さん・ギターの毛利さん・音楽療法士の小橋さんと伴奏の山崎さん)のご協力をえて、東日本大震災チャリティーコンサートを行いました。開催日は5月26日(土)小泉診療所待合ホールにて。開始前に、さくら診療所の事務職員・井上より、宮城現地支援の報告を行いました。
 コンサートは老若男女に人気の楽曲が多数登場しました。特にイントロクイズでは景品も用意していただき、大賑わい。あっという間の2時間でした。
 駐車場では、新婦人と農民連の協賛をいただき、ケーキ&コーヒー・野菜・五平餅の販売も行いました。コンサート参加の皆さんが多く購入され、大盛況でした。
 当日、出演者を含めて約80名の参加があり、参加費としての救援募金31,528円が寄せられました。ご協力いただいた多くの皆さま、ありがとうございました。

小泉診療所 事務 中森未来生


支援隊レポート・その1

さくら診療所 井上清文

今日(4月16日)から宮城支援に来ています。
現地の状況を知ってもらいたいので、レポートします。
今後行かれる方には参考にしてください。

夜行バスで、京都から直接仙台に入りました。
おそらく福島県に入ったあたりから、かなり道路の状態が悪く、高速道路でもガタガタ揺れました。

仙台駅に着いて、コンビニに寄ってみました。
物資流通が滞っているようでなにも商品のない棚もありましたが、おにぎりや弁当が充実していたのが印象的でした。

駅前の商店や居酒屋も、営業してますという貼り紙もあり、徐々に日常を取り戻しつつあるようです。

途中まで開通した電車に乗り、そこからバスで移動しました。
津波が届いた場所にさしかかった途端、すさまじい光景が目に入ってきました。

ガラクタの山、ひっくりかえってグシャグシャに潰れたまま放置された車など、現実に目の当たりにすると言葉がでません。

それでも、元通りの姿になっている場所もあり、復興の兆しも伺えます。

本塩釜駅からタクシーで坂総合病院へ。

7日の余震で再び停電となっていた外来棟は、今朝電気が復旧したばかりだそうです。

災害対策本部で説明を受け始めたところで、今ならすぐ仕事があるから、と病院からすぐのところのカルテ倉庫へ。

10年前から電子カルテになっているが、その前のカルテは永久保存だそうで、倉庫の上のほうのカルテは通路に散らばっている状態だったので、それをまずダンボールなどに番号ごとに入れて、再整理する、という作業でした。

作業中に余震が起き、棚がギシギシ揺れました。
こういう不安が毎日続くのは精神的に辛いです。

汗だくになって作業は終わり、昼食は病院で給食をいただきました。

今日の昼食は昨日から来ている人に言わせると豪華だそうです。

昼食はそれなりのものがでるが、朝夕は基本パンになるそうです。

それでも、前の支援者が恐らく残していった、レトルト食品やお菓子、乾パン、クラッカー、缶詰や缶コーヒーなど大量にあり、まあ食事には困らないようです。

外にも食事をする場所はあるようで、食べに出かけても買ってきてもいいようです。

また、被災者向けの物資も大量に用意されており、避難所に行ったり地域まわりをしたチームが、そこで必要となった物資をすぐ被災者に届ける、という民医連ならではの連携が出来ているようです。

足浴は避難所では待ちわびている人が多いようです。
職員に集めてもらった入浴剤を、足浴チームに渡しました。

今日は土曜日で、職員も基本午前勤務ということで、医療チーム以外は夕方のミーティングまで自由行動となりました。
午後の時間で、友人を訪問しました。
自宅のライフラインがダメになり、病院近くの知り合いの家に避難していたので会う事が出来ました。
以前和歌山民医連で働いていた看護師で、坂総合病院の今のご主人と全国ジャンボリーをきっかけに結婚し、今は個人の透析クリニックで働いています。

無事なことは知っていたのですが、地震当日は生きるか死ぬかの体験をしたと話してくれました。
働いていたクリニックが津波に逢い、1階が水没、次の日にボートで救出されたそうです。

避難所に逃げようとしている時津波があっという間にやって来て、患者さんを無我夢中で2階までかつぎ挙げ、全員無事に助かり、みんなで毛布にくるまって一夜を明かしたそうです。

次の日ボートで救出されたあと坂総合病院まで歩いていき、ご主人と子どもと再開した後知り合いの家に避難させてもらい、ご主人は金曜の地震の後病院に泊まりこみで日曜の昼に帰ってきたとかで、今も対策本部で遅くまで頑張っているそうです。

車はクリニックで水没し、新しい車を買わざるを得なかったとか。

でも、家も家族も無事である立場から、避難所暮らしをしている人や家族が行方不明になっている人に比べれば全然たいしたことない、と言っていました。

津波が来た地域とそうでない地域では、全く状況が違うようです。
家も無事で、ライフラインも元通りになり、日常を取り戻している地域の中に、家も家族も全てを失った人が生活している避難所があります。

このような状況が元通りになるには、長い時間と長い大きな支援が必要だと思いました。

17:30からミーティングがありました。

連絡事項が伝えられた後、今日の各チームの報告がありました。

医療チームは各避難所をまわり、診察、投薬が行われたそうです。
また、足浴チームも大活躍。午前だけの予定を急遽午後からも行うと、ニーズは高いようです。

夕食は、あたたかいシチューが提供されました。

夕食後は基本的に自由時間。

シャワーは予約制で一人15分使えます。

寝る場所は、外来棟1号館(旧病院)の5階の元病室か、8階のホールです。
病室は、各県連ないし病院からチームで来ている団体が主に使っているようです。

冷たい床に毛布を敷き、毛布や寝袋にくるまって寝ます。
床が固く、冷たいですが、避難所でも、みんなこうしているのだから、と思うと我慢出来そうです。
医師も看護師も、職種や性別に関係なく一緒に寝ます。

明日は地震で使用不能になった、長町病院というところの門前クリニックに片付けに行くことになりました。

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