岡谷会


東日本大震災について 義援金のお願い 支援隊レポート
その1その2|その3|最終版

支援隊レポート・その3

さくら診療所 井上清文

前日の力仕事がこたえたのか、三日目だからか、5時過ぎには目が覚めるものの寝不足感が残る朝です。

避難所にいる方もこういう辛さがあるのかと思うと、負けないぞ、という思いが湧いてきました。

三日目の今日は避難所訪問ということで、ようやく人に接する支援になりました。

行くことになった避難所は多賀城市総合体育館というところで、坂総合病院から歩いていける距離に440名の方が避難されていました。

そこで医師・看護師は医療チームとして診療を担当し、セラピストは単独でリハビリ支援に入り、コメディカル、介護職、事務はフットケアをすることになりました。

体育館の前には、自衛隊の支援でお湯の配給がされており、我々はそこからお湯をもらってフットケアを行なうことになりました。

避難所はまさに生活の場で、テレビがあり、支援物資があり、無料の電話があり、という感じでした。
様々な支援があり、今日は美容師さんの無料散髪、移動郵便局、携帯会社の販売店ブースがありました。

フットケアを始めようとしていると、自衛隊の湯沸かし器が故障し、午前中はお湯が供給できないとのことで、急遽清拭に変更して始めたのですが、始めたと同時に給湯器が復旧したと連絡が入り、足浴に切り替えました。

足浴などもちろんしたことはなかったのですが、ぶっつけ本番でさせてもらいました。

まずお湯を入れ、ちょうどいい温度に調節後、入浴剤を入れて足をつけてもらいます。
温まってもらっている間に、手にハンドクリームを塗りながらマッサージをします。

それが終わると、足を洗います。
ケガや変色、むくみや爪の状態をチェックしながら、指の間まで丁寧に洗っていきます。

その間に、お話をします。
東北の方は、あまり自分から話されないそうですが、話しからければいろいろ話してくださいました。

ただ、誰もが、いわゆる九死に一生を得たというような話でした。

避難所で暮らしているのだから勿論家が津波の被害に遭った方ばかりなのですが、生々しい地獄のような話でした。

1階が津波の被害にあった方がほとんどで、首まで浸かって壁にしがみついて助かった人や、2階に上がって3日間飲まず食わずで救助を待った人、助けた人が低体温症で心肺停止になった人など、どれも信じられない体験を話してくださいました。

お風呂は、多賀城の駅に行けば自衛隊がやっているそうなのですが、行けない人は入れないようです。40日ぶりにお風呂に入った、という人もいました。

スタッフは、とにかく心を楽にしてもらおう、お風呂に入れない分温まって疲れを癒してもらいたい、という想いで、県連も職種も超えた素晴らしいチームワークで途切れない利用者さんにほっこりしてもらいました。

ちょうど入浴剤が切れたところで、さくら診療所のスタッフが集めてくれた入浴剤を持って行ったので、大活躍でした。

入浴剤の匂いにひかれて顔を見せる人もいました。
登別、乳頭、箱根、草津、道後などの入浴剤は名前を言いながら入ってもらうだけでみんなの顔もほころびました。

個人的には、事務という立場でここまで出来るとは思っていませんでした。
一日目や二日目のような、汚れ作業や裏方と思っていたので、とても素晴らしい経験になりました。
何より、未熟なフットケアでしたが、それでも自分が直接的に何かをすることで人に喜んでもらえる、という経験は、事務として10年やってきて初めての感覚だったような気がしました。

看護職や介護職などのコメディカルと、事務の違いを改めて思い知らされたと同時に、我々事務職に足りないものが何かが少し分かったような気がしました。

とりあえず、ここに支援に来た事務は、全員フットケアすべし!と報告書に書いておきました。

医療的には、足のむくみのある人を受診に繋げたり、爪のケアが出来ない人は、介護士さんや看護師さんに ケアしてもらったりしました。
ノロの疑いの患者さんを2人救急車で搬送しましたが、津波に遭って診療できなかった開業医の方も診療を再開されるなど、地域の医療が復旧してきた現在は、医療的な支援は落ち着きつつあります。

むしろ、長期化してきたことによる心のケアが重要です。
そういう意味で、フットケアは技術がない人から関わることが出来る、これからも重要な支援になるのではないかと思いました。

1ヶ月が過ぎ、ようやくあの当日の出来事を改めて思い返すことが出来るようになった方が多くなってきたようです。
そして、それは坂総合病院を始めとする地元の支援スタッフにも言えることです。

そういう方々への、医療の枠を越えたきめの細かい迅速なフォローが、民医連なら全国の連帯で出来ると思います。
少なくとも、三日間一緒にすごした、全国各地からのスタッフはそういう思いでいたと思います。

誰もが、自分の専門、得意分野を生かし、役割を分担し、支え合い、問題意識を共有し、次に生かす、次に伝える、出し惜しみをしない、という雰囲気でした。

私たちの今日の経験は、私たちの意見を反映しながら明日に繋がります。
帰る前に、次の支援者へのバトンが引き継げたような気がしています。

岡谷会から、全国からの引き続きの支援をお願いします。

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