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ベッド棚について

 ベッド柵とは、ベッドにとりつけられた柵のことで、人がベッドから転がり落ちないように守ったり、起きあがるときにつかまったりと色いろな利点があることは、医療従事者の良く知るところだ。このベッド柵がアメリカの医療機関の間でたいへんな論争となった。それは1998年、ミネソタ州が「ペッド柵を″拘束″の一種とする」と決めたことからはじまった。
 看護における"拘束″とは、「本人が人体を傷つける危険性の高い場合、安全を考えて最終的な手段として行う」と定義されている。私は日本で看護婦として働いていたとき、ある患者さんを拘束したことがあった。
 夜勤だった。何度点滴をしてもすぐ抜いてしまうので、点滴が終わる間、両手をベッド柵にくくりつけたのだ。今思うとそれは「他の患者さんを看まわることができない」「申し送りで「点滴を拒否された」ではすまされない」という自分の都合でしかなかった。今となってはこのように冷静に回想できるが、その夜と同じ状況に今の私がおかれても、「点滴を拒否されました」と申し送れる自信はない。
 話はベッド柵にもどる。先ほどの定義にベッド柵をあてはめると「ベッド柵は、本人が人体を傷つける危険性の高い場合、安全を考えて最終的な手段として行う」になる。患者さんの希望があれば行うが、基本的には行わないといつ事なのだ。私が看護学生の頃、実技テストで、ベッド柵をあげ忘れ患者さんを落としてしまったことがあったが、その大切なベッド柵が拘束の道具になろうとは、その頃誰が想像したであろう。
 ミネソタの老人ホームで準夜勤の介護士として働いていた私は、この「お達し」を聞いて腰が抜けそうになった。ベッド柵をしていても転落するケースがあったので、柵がなくなることで転落者が増えることは簡単に予想がついたからだ。それでなくても夜勤は二人の介護士で手いっぱいであったため、転落者を出すことは「腰が要」の介護士には、「転落した」という言葉を聞くだけでも腰が抜けるほどだ。
 看護主任は、ベッド珊をつけるかどうか入所者一人ひとりの希望を聞いてまわり、自分で決めることができない入所者はその家族に決めてもらった。多分主任も柵をすることを勧めたには違いないが、翌日出勤してみるとまったく柵をしていないベッドや、4分の1だけ柵をあげているベッドなど色いろある。転落しそうな人に限って珊がなかったりするので、私を含めた介護士たちはかんかんになって怒っていた。
 正直言って自分たちの仕事がこれ以上増えるのもいやだったし、家族がよかれと思ってベッド珊をとってしまうのも身勝手に思えた。しかし、柵がなければ本当に転落者が増えるのだろうか。私たちスタッフは緊急会議を開き、「転落書を出さないようにがんばろう!」 「おーう!!」と一致団結して、この新しい法律に挑むことになった。処置以外の時はもちろん必ずベッドを一番低い位置に下げた。体位交換の時は、患者さんの寝返りの癖を考え、安全な体位づくりに苦労した。それでも危なそうな人には床にマットレスを敷き、ベッド際に動くと鳴るアラームをつけた。特に処置後は、必ず部屋を振り返り、目を皿のようにして安全を確かめてから部屋を出た。
 ベッド柵の対処として私たちが行ったことは、特別なことではなかった。看護婦や介護士たちは、プロとして当然の注意を払い仕事をしたまでに過ぎない。
 その結果、寝返りなどによって「柵がなかったから転落した」というケースはゼロであった。「柵があるから転落しない。安全だ」と信じていたのは患書さんや入所者ではなく、私たち医療従事者だったのかもしれない。 ベッド柵を「拘束」とした法律の改定は、「患者さんや入所者の立場に立った医療」を新たに現場に問いかけたものであった。そして、老人ホームのスタッフたちは介護の原点に戻り、一致団結することで本来あるべき介護の力を発揮したのだ。
  (題字・カットとも筆者)
村岡 由美子
*プロフィール*
  1971年大阪生れ。奈良・岡谷病院で看護婦として勤め、1996年にアメリカ人のヒースと結婚し渡米。
 現在は、非営利団体で「家を建てる」ためのボランティアコーディネーターをするなど、あらゆることに挑戦しながら絵日記エッセーをかく。

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